9Feb

こんな疑問ってもったことないでしょうか?
何のために僕たちは勉強しているのか?
小学校くらいまでは、大好きだったあの教科の勉強も、中学、高校と上がるにつれて
自分でもびっくりするくらい興味がなくなってる。そんな経験ってありませんか?
僕たちはどこで勉強が嫌いになったんでしょうね^^そして、僕たちって一体何のために
勉強しているのか?それって答えれますか?
今日はそんなお話です^^
私自身、現在は教員と言う立場ですが、
学校に行っていた頃、常に自分の中にあった疑問が、
この「何のために勉強するのか」という疑問です。
少なくとも、僕のこれまでの学校生活の中では、受験勉強が一体
大人になってどんな風に役に立つのか、
または、「何のために勉強をするのか」
そういうことを教えてくれる先生には出会いませんでした。
そんな思いがずーっと自分の中にあり、高校3年生の時に1度、
「詰め込むだけの受験勉強って何のための勉強なのか?」って
文部科学省にその思いを原稿用紙に20枚近く思いをぶつけたことがありました
まあ、当然何も反応はなかったのですが・・・^^;
「何のために勉強するのか」その疑問って、大人になってからも、ずっと残っていて、
もしも自分が、教師になったのなら、僕は少なくとも自分の教えている授業は、
「この勉強がどういうことに繋がっているのか」を伝えたい。
そんな風に思いました。
学校は子ども達にたくさんの知識を詰め込みますが、その知識を想像力や、
情熱を通して現実に応用していかないと何も学んだことにはなりません。
多くの学校では、知識だけ与えて、そのまま「仕事を見つけなさい」と社会に放り出しているように感じるのです。
「なんで自分は準備ができていなかったのかな~」と、彼らが悩むのは当然なのかもしれません。
「どうやって学ぶか」「もらった知識をどう活かすか、どう現実に応用していくのか」を教えていないからです。
学校の役割の大きな部分として、その勉強の楽しさを伝えること、1人1人の興味を引き出すこと、現実への応用の仕方を教えることって本当に大切なことだと思っています。
教科書の文って、堅~いですよね^^
普段僕は、日本史を教えていて、
ちょっと日本史の教科書をめくってみれば分かるのですが、
あれ、これって睡魔を誘うアイテムだったの?っていうくらい堅い文章です (笑)
市販されてる参考書ってもっと分かりやすいですよね。
でも、教科書が堅い文章なのには理由があると思ってます。
要は、あれって例えるなら、「生の大根」と同じなんですね。
教科書=大根 です。つまり、味付けもなんにもされてない状態。それを丸かじりすれば、あんまりおいしくないですよね。でも、生の大根って料理のレパートリーは幅広いです。
調理するのは、そう、それを教える教師の腕にかかっているのです。例えば、こんな風に味付けしてみたり^^
要は、教師が味付けしやすいように、素の状態なのが教科書だと思うんです。市販の教科書のように、最初から味付けされてたら、逆に、教える側としては、料理の幅が狭まっちゃうんですよね。
だからこそ、教師は、いかにその教科書の内容をおいしく生徒に食べてもらえるか、そこが腕の見せどころというわけです^^
今、教員として、自分が教えることのできる環境にいることは、本当にありがたいことだなと感じています。
学校で習う勉強って、一見すると、大人になっても使わないのに、なんで、こんなこと習うのって思ったりしますよね?
例えば、数学って、スーパーのレジでお金が払える計算能力があれば、生活に問題がないって思うかもしれないですよね。
それも一理あると思います。でも、もっと深い部分でいえば、あれって数学的思考能力を鍛える練習でもあります。論理的な考え方とも言いかえられます。これがないと、大人になってから、ちょっと困ることもあるんです^^;
例えば、論理的に考える力がついてないと、怪しい誘いに騙されちゃったり^^
以前、北海道のシュタイナー学園という学校を見学させていただいたのですが、この学校は非常にユニークな授業を行っているなと感じました。
教科書がなく、担任の先生が1つ1つの単元の教えたい部分を指導要綱にまとめ、子どもたちがその日に学んだノートが、彼らのオリジナルの教科書になるんです。
当然、そのため、担任の先生の努力は並大抵のものではないでしょうし、
その責任も大きいと思うのですが、単に、詰め込むだけの授業を聞いているよりも、
子どもたちが、吸収するものは大きいと感じますし、色々と学ぶべきところが多かったです^^
受験を迎える子も多いので、うちも、もちろん受験勉強も行っていますが、それとプラスして、こういった、根本的な部分もうちでも教えて行けたらなと思っています^^
次に、学校というもう少し大きな視点で見てみるとどうでしょうか?
現在僕は、チャレンジスクール三重で高校3年生のクラスの担任をしていることもあり、進路指導に関わることも多いのですが、彼らの「どんな進路に進めばいいのか?」と、悩むのもよくわかります。
自分の進路っていうのは、学校のテストのように、「正解」があるわけではなく、「正解が1つではない問題」について考えていかなければならないからです。これは、学校のテストなんかよりも、ずっとずっと難しい問題であり、人が必ずぶつかる問題でもあります。
僕自身、社会に出て真っ先に思ったのが、「自分ってどういう風に生きたらいいんだ?」でした。
その後、勤めていた児童養護施設を退職し、インドを放浪し、直接自分の目でさまざまな生き方をしている人に出会いました。
そこには、さまざまな人が生きていて、確かな「自分の中の何か」を見つけた人達が
生活していました。
マザーテレサ施設のマザーハウスなんかでは、それこそ世界中の人達が、「自分の中の何か」を求めてやってきていました。
答えがない問題について、私たちはどのように考えていけば良いのでしょうか?
こんな本にヒントが書かれていたので紹介しますね^^
『16歳の教科書』という本。高校生の人や、若い方にぜひ読んでほしい本です。
僕は思います。人生で何が大事か。いっぱいあると思うのですが、
人とのつながり。人からどれだけ信頼されたか。自分は人に何を与えれたか、というのは、生きる上で、とても大事なことだと思います。
この本の中でも書かれていますが、他人とつながりができると、
どういうことが起こるかというと、
他人にアクセスできるようになります。つまり、「人の力を借りる」ことができるようになるのです。
これは、人の力にアクセスできるのです。分りやすくロールプレイングゲームで例えるなら、
人生でぶつかる問題が、モンスター。
それを倒すには、モンスターの特徴を知ること。
アクセスできる人が増えるほど、それだけ他人の力が使えるということですから、自分自身が使える力が増えるのです。
ゲームで例えるなら、使える魔法が増えていくイメージですね^^
そうすると、この問題(モンスター)には、これが弱点で、こんな魔法が有効らしいということが分れば、たとえ、自分がその魔法を使えなくても、それを使える人の力を借りればいいんですね。
または、その人からその魔法の使い方を教わったり^^そんな風に、人の力を借りること。
そうやって生きていくと、人生ってほんとにおもしろいです。色んな人の縁。
そういう人の力で、世の中って成り立っているんだって気づきます。
学校って、人をつなげることのできる、すごく大切な場所だと思います。
以前僕は「居場所支援のできる学校を作りたい」そう思っていました。
「居場所」があるということはとても大事なことだと思います。でも、それだけじゃあ、
駄目だった。
「ここに来たい」「チャレンジスクールで学びたい」、「ここに来たらなんか楽しいぞ^^」そう思ってもらえるような、
そういう学校でありたい。
今はそう思います。
チャレンジスクール三重では、将来につながるさまざまな取り組みをこれからも行って
いきます!
僕自身も、自分の伝える限りの授業を、
子どもたちに伝えていくつもりです。
そうして、ここに来る子ども達が、自分自身で自分自身の道を切り開いて行ける
そんなサポートができたらなと思います^^
この場所なら、それができると信じています。
気になることがあれば、いつでもご連絡くださいね。
NPO法人 チャレンジスクール三重はこちらから
これから、どんな生徒たちと出会えるのか、楽しみにしています^^
チャレンジスクール三重
松葉 謙
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コメント
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コメント (10)
僕は10代の頃ビックリするくらいピュアだった(°°)
今もまだナイーブだけど….
ずっきーさん、コメントありがとうございます^^
10代の頃って何であんなにピュアなんでしょうね^^
僕も、普段生徒と関わっていて、子どもたちの純粋さに感動します。特にチャレンジスクールに来ている子にはなおさらピュアなような^^
大人になってからも、子どもの心のピュアさを併せ持っている人って、人生楽しんでいるなって思います^^
お互いこの純粋さを、何歳になっても忘れないようにしたいですね☆
松葉
共通する正解は、ないと思います。むしろ、各々が自分にあった正解を、誰かから与えられるのではなくて、自分自身で求めていくことだと思います。
まつしんさん、コメントありがとうございます^^松葉です^^
ほんとその通りですね。共通の正解はないんですよね。まつしんさんの、おっしゃるように、誰かから与えられるのではなく、この「自分自身で求めていく」って所、ここにポイントがありそうです^^
うちの生徒たちにも、そんな力をつけてもらいたいですし、自分自身もこれから、そんな力をつけれるような授業や指導をしていきたいと思います。このブログでも、そんな活動内容を報告していきますので、また、よければ、このブログ覗いてやってください^^
はじめまして☆小学校中学年の二人の子の母です。
全く関係ない地方のこれまた田舎からコメントしています。
ブログを読んで、なるほど〜と思う点がいくつかありました。私事で申し訳ないのですが、親になった今、学校と関わる事がきらいになり、ついでに、警戒心もさらに強くなり、最低限の繋がりでいいと考えています。しかし、心の片隅には「関わりを持って役に立ちたい。子供のために。」という気持ちもありますが、公立の学校は、正直、よくわかりません。
私達保護者への情報量が少ないと日々感じています。片目、片耳を閉じ、口をふさぐ。悲しいかな。今の私の、学校へ対する向き合い方です。
応用力について。私は専門学校しか出てないので学力低いです。20歳から自分で稼ぎ、今も働いています。私の主人は東京の有名私大を卒業しましたが、なかなか定職に就けずにいます。私から見ると、
筆者様の文にもふれてました、応用力について。主人はかなり応用力に欠ける人のように見えます。学歴低い私より収入が低いのが不思議です。
長くなり、ごめんなさい。要するに、私は自分の子をどう育てたらいいか?普通に悩んでいるだけなのです。高学歴ロボットにはなってほしくないけど、勉強、学ぶ事は大事だと考える。
最後に、モンスター撃退法!チャレンジしてみます。楽しく、読ませていただきました。
又、ブログにお伺いします!
ありがとう。
あぴこ様
はじめましてチャレンジスクールの松葉謙です^^
コメントありがとうございます^^
子育て、学校との関わり方難しいですよね^^;
>私達保護者への情報量が少ないと日々感じています。
おっしゃるようにこの言葉よくわかります。
多くの行き違いは、コミュニケーション不足から起こってしまうんですよね。
おそらく学校側も多忙さや様々な理由があると思いますが、
保護者の方への連絡や情報、
コミュニケーションの時間を増やしていけば、
もっとスムーズに解決することもあるのでしょうね^^;
応用力について。これからの時代、ますます必要になってくるのでしょうね。
もう学歴の時代ではないんですよね。
もうすぐセンター試験もなくなりますし、
これまでの「受験勉強」中心の勉強から、
応用力や生きる力を身につける勉強に、
これから学校も変化していくと思います。
>高学歴ロボットにはなってほしくないけど、
>勉強、学ぶ事は大事だと考える。
あぴこ様のこの思い、素敵だなと思います^^
お子さんの興味・関心のあるものに目を向けてみて、
何でも挑戦させてあげてほしいなと思います。
学校の勉強だけではなく、いろんな経験がすべてつながっていますので^^
そうやって本来の勉強の楽しさを、
ぜひぜひ教えてあげてほしいなと思います^^
子供の頃の経験って大人になってもちゃんと覚えているんですよね。
その経験が大人になって大事な鍵になることも多かったり^^
それに楽しさがわかれば、
人ってあとは自分で学んでいきますもんね^^
それからいっぱい愛情を注いであげてください^^
どんな勉強よりも、親の愛が1番子どもを育てますので^^
この仕事をしていて、本当に実感します。
偉そうに色々と言ってしまってすみません^^;
子育ての方大変だと思いますが、
あぴこ様のこれからを心から応援しております^^
ありがとうございました!
松葉
子供を私立に入れましたが、学校のアンバランスな教育に納得がいかず、勉強に対する反発心が出てしまいもうダメです…大量の宿題を宿題をこなさなければという責任感と追いつかない自分でノイローゼ気味です。このままではこの子をダメにしてしまうので、やめる事を考えています。お話の通り勉強する意味が解らないと言う毎日です。
樋口 様
コメントありがとうございます。
コメントを頂いていることに気づかず、申し訳ありません。
勉強する意味がわからない状態で、責任感や義務だけで行くのは本当に辛いですよね。
本当に自分がここで学びたい、こういうことを勉強したいという自然な思いから本来は通う場所なんでしょうね。
そして、その子本来の持ち味を引き出せるような場所であると良いですね。
まだまだ、今の学校教育は、
昔からの詰め込み型教育を引き継いでいるところがあります。
もちろん、すべてがマイナスの面ばかりではありませんが、
やはり、現状がそのような状態ですと、本来の自分が出せない状態になり苦しいと思います。
あるがままの自分でいられる環境に、
変えられることも、1つ選択として良いのではないかと感じました。
何か少しでもお役に立てましたら幸いです。
松葉
はじめまして!
小学校で講師三年目になります。
先生になりたいと思ったきっかけは、小学校高学年の先生に憧れて、なんて、ありきたりな理由でした。
そっからなんも疑問を持たずに大学で免許をとりに行った先(教育事務所)で「今すぐ申請する代わりに講師をやってくれないか」と言われ、今に至るみたいな形で…
でも、いざ、現場で働くと「あれ?学校ってなんのためにあるんだっけ?」と疑問に思うことばかりでした。
ただただ、先生の言う通りに動くだけの毎日!
参加型のように見えて、実はマニュアルに沿ったものでしかない。
「なんのために勉強するの?」は、私も子供の頃抱いた疑問だし、現場にいればいるほど、わからなくなります。
このブログ?を読んで、改めて教育を見直す必要があるんだなと感じました。
かずみ 様
はじめまして!松葉です^^
コメントありがとうございます。小学校で働かれているのですね!
現場の声が聞けてとても嬉しいです。
そうですよね、今の学校はまだまだいろいろな課題がありますよね。
色々と現場で働かれている先生方も忙しさの中でそこまでの余裕がなかったり大変ですよね。
「何のために勉強をするのか?」をはじめ、今もう1度、新しい教育のあり方が求められている時代のような気がします。これまで、当たり前、常識だと思っていたことがどんどん変化していく時代のような気もします。
子どもたちがもらった知識をどう活かしていくのか?どう応用していくのか?
色々と新しい教育のあり方を考えさせられますね^^
子どもたちが、主体的に学んでいけるようお互い頑張りたいですね^^
現場の方大変だと思いますが、かずみ先生のこれからを心より応援しております!
ありがとうございました。
松葉 謙